2005年度 屋久島合宿 報告書

期間:1116日〜22

山域:屋久島(宮之浦岳、永田岳)

参加者:荒木直人、前田一輝、石原耕一、遠竹沙耶香

 

 

1116 曇り一時雨

夜行バスに乗るべく、夜な夜なバスセンターに集合した。坂根先輩、柿原先輩、千先先輩、大山先輩が夜遅いにも関らず見送りに来てくれた。差し入れをたくさん頂き、鹿児島へ向かうバスの中で既に…。

 

1117 晴れ

まだ夜も明けぬ5:53、前田・遠竹の故郷 鹿児島に着いた。意外と冷える。スーパーが開く10:00まで時間がJoyfullで暇を潰すことに。このとき前田の具合いが悪そうだった。10時になり、Joyfullの駐車場に荷物をデポしたまま、帰りのバスの予約・食糧の買出しに行った。12:00鹿児島中央駅前発の路線バス(ドルフィン150)で鹿児島港(北埠頭)へ。12:50出航の高速船トッピー1で屋久島へ向かう。種子島を経由し、宮之浦港に到着。観光案内所に登山届けを提出後、観光センターでキャンプ場利用の手続きを済ませオーシャンキャンプ場へ。この夜、「愛だけで生きていけるほど この世は甘くない。」という格言が生まれた。

 

1118 快晴

昨晩に雨が降り天気が心配だったが、起床して出発の準備をしながら空を見ていると悪くはなさそうだった。キャンプ場を出発した後、予約していたタクシーに乗りヤクスギランドまで向かう。タクシーの中で運ちゃんから色々な情報を聞く。屋久島はG.Wや八月に人が多いやら、外人も来るやら、屋久島の特産品は何かとかだった。「三岳」の話も出て、一升瓶の三岳は地元の人でも並ばないと手に入らないようだった。(後日並んで買っているところを目撃。一升瓶の三岳を見れただけでもラッキー?!)ヤクスギランドに到着し、一息つきリーダーを石原に決め、「QUACファイトーお〜」の掛け声とともに出発したが、いきなり道を間違え二十分ほどロスする。本来の道に戻った後は問題なく進む。花之江河登山道は道が悪いと聞いていたが、そこまで悪くなく看板はたくさん立っていた。(ただアップダウンが多く、歩いていて損する気分を味わえた。)そして石塚小屋に着きその日の行動を終えた。P.S石塚小屋は結構手入れされておらず、床板が所々はがれていた。夜になるとそこから手が出てくるらしい!?)今日の格言:「山岳に王道無し」

 

1119日 曇り

5:00に起床。外はまだ暗い。昨日食べ切れなかったカレーの残りとあわせてカレーラーメンを作る。スープの素が溶けないほどの飽和状態である。朝からなかなか重い食事であった。準備もすぐに終わったが、まだ暗く、一年だけということで明るくなってから出発することに決定。ということで7:00に出発。休まずに花之江河までいく。途中にあった丸太の一本橋はなかなかのスリルがあったが無事に通過。花之江河の景色にかなり感動。水面に氷が張っていてこれまたいとをかし。ここではザックを置かずに休憩&写真撮影をし、また行動を開始する。途中で屋久島山道に関するアンケートを頼まれた。こんなところまで朝から大変だなと思いつつみんなで協力し、再び進みはじめる。広場まで来て休憩をとる。空は快晴!清々しい風に癒されて、眠くなるが気合を入れなおして出発。謎の水場にだまされるも、真の水場を発見し、給水する。そうこうしている内に栗生岳山頂に着く。岩の屋根つき隠れ家があった。ここなら快適なビバークも約束される!…かもしれない(保証はないが…)。中にはなぜか団体さんの写真が飾ってあった。写真を撮り、そのまま進む。そしてついに宮之浦岳山頂に到着!T子が九州のすべての人間を見下ろす。山頂でお決まりの例のポーズを遠近法を用いて撮影。4人が一度にあの姿で写っているなんて…これは新歓写真決定か!?そして、いつの間にか焼野三叉路へ到着。ここで休憩を取り、遠ー荒隊、石ー前隊、に別れ、それぞれ、新高塚小屋までそのまま進む、永田岳ピストンを開始する。(*詳細は以下に記す。)新高塚小屋で合流し、行程終了。嗜好品(荒:ホットケーキ を筆頭にみんなたくさん放出)であふれた夕食を楽しみ、元気に就寝。

 

*石‐前隊(ω隊)
 永田岳ピストンを開始。途中、道が怪しくなるも、正しい道で無事に山頂到着。このときは曇っていて、景色はあまりよくなく、非常に残念であった。…が、ガスの間に見えた海は青く、きれいであった。怪しい天気で、焼野三叉路にデポしてきたザックが心配だったので(ザックカバーはかけておいたが)、5分休憩したらすぐに山頂を後にした。焼野三叉路⇔永田岳山頂は、往路も復路も30分かかった。後は、かなりのハイスピードで、快適に新高塚小屋までとばし、シカや生ザルに出会いつつ、到着した。

 

     遠‐荒隊(遠竹隊)

石原・前田を見送った後、しばらく休憩をしてゆっくりと歩き始めた。オーダーは遠竹・荒木の順で、終始 良いペースだった。途中、木道整備をしている箇所があり、遠竹ができたばかりの木道の初利用者となった。小屋には先客が何人かいたが、十分すぎるほどのスペースがあった。

 

1120 雨・霧

 起きたら雨音がしていた。降ってるというほどではなかったので、良い雰囲気だと気分よく出発。縄文杉まで人と会うこともなく、4人で縄文杉を独占。いざ来てみると眺める時間は短かった。石原君は綺麗に写らない写真に苦戦していた。原因はフラッシュだったらしい。ウィルソン株では下から登ってきた人たちと縄文杉の方から来た人たちとで多かった(ピーク時とは比べ物にならないと思うけど)。それから整備された道を下って行った。向こうからやってくる人が多く、道をゆずりあうことが多かった。同じ小屋に泊まっていたおばさんたちに抜かれまいと頑張ったが、途中でゆずった。トロッコ道に入ったところで、人が多そうだし翌日行けるから、と白谷雲水峡からではなく、荒川登山口に出るルートで下山することに決まった。そのままトロッコ道を延々歩いて荒川登山口に出た。トロッコ来ないかなぁと言いながら歩いたけど、結局お目にかかれなかった。途中、鹿に遭遇したところ逃げられてしまった。荒川登山口から、携帯電話のアンテナが立つところまで行って電話してタクシーを呼んでくるはずだったけど、結局公衆電話まで前田君と荒木君が歩いて、タクシーを呼んだ。来るときと同じまつばんだタクシーの運転手さんが良かったけど、来たタクシーは屋久島交通だった。そのままキャンプ場につき、ご飯を食べてプチ打ち上げをして(本番は翌日だったので)、就寝。

 

1121 晴れ

 終日観光(千尋の滝、大川の滝、尾之間温泉、中間ガジュマル、白谷雲水峡etc…

 

1122 晴れ

 10:20のトッピーで離島、15:10のバスで帰福。

 

 

[反省]

石原:

一年生合宿で屋久島という、楽しむには十分な条件がそろっていた。荷物もそこまで重くはなく気軽に歩けた。たださすがに一日目は最後のほうはバテ気味だった。二日目に宮之浦岳や永田岳に登り、屋久島登山を満喫した。途中、屋久ザルや屋久しかを見れたこともよかった。三日目は下山だったが、縄文杉やウィルソン株を見て、トロッコ道を歩き、またまた満喫した。次の日は観光で見るべきところは見たと思う。非常に充実した合宿だったと思う。(ただ後日、微積のレポートに苦しめられる。)

 

遠竹:

 この1年生合宿は皆のおかげで行けたんだなぁとすごく思いました。出発前は、一緒に宝満に行ってくれたり若杉まで縦走してくれたりしたし、合宿中は、私は共同装備は一切持たなかったし個人装備も多少持ってもらったことで負担が軽くなったし、ストックが邪魔になる箇所では持って行ってもらったりもしました。気を遣ってくれたし、申し訳なかったと思うほどでした。そのおかげか、膝に少し違和感を感じるときはあったけど、痛くなるということはなく、無事に合宿を終えることができて良かったです。

反省すべきだと最も思った点は、天気図が描けなかったことです。手も足も出ないというほどのことではなかったけど、聞き取れないことや書き取れないこともあり、同じ小屋に泊まったおじさんに見せてくれと言われたときは顔から火が出るくらい恥ずかしかったので、描くときに混乱しないようにもっと練習します。それから、もっと自分から動けるようにしたいと思います。今回の合宿で少しはましになったけど、まだ足りないと思いました。全体的に迷惑をかけたと思うので、これからしっかりしたいと思います。

 

荒木:

 合宿の計画・準備に取り掛かるのは遅くはなかったが、仕事の分担や連携がうまくできておらず、最後に慌てる始末となった。

 山行に関しては、体力的には問題なかったが、後半になって少し肩が痛みだした。嗜好品が重かったこと、ベルトのパッドが消耗していること、久しぶりの重荷だったことが原因だと思うが、大した痛みではない上、いつものことなので慣らすしかないと思う。

 石塚小屋泊の時は、水の確保に苦労した。小屋の近くには水場らしい水場は無く、安心して飲める水を得るためには体を張る必要があった。

 山行全体としては、天候に恵まれ屋久島の自然を堪能することができた上、遠竹さんの膝もひどく痛むことなく(たぶん…)、無事に下山することができなによりだった。また、石原君の体力が上がっているように思われた。

 

 

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